「絵の中のギター その1」

僕がギターを弾き始めたのは、1967年中学一年の冬です。

その頃は、フォークソングブームのはじまりで、東京発のしゃれたカレッジフォークが
主流でした。近くの友人の家には、彼のお兄さんのFG-180とマイク真木さんのLPがありました。
その友人にCのコードから教えてもらい、朝から晩まで僕の兄のクラシックギターを弾いていました。
1968年4月29日に神戸の百貨店の楽器売り場へ、発売されたばかりの
ヤマハFG-150を買いに行ったのが、鉄弦ギターとの付き合いのはじまりでした。
しばらくして梅田地下街の婦人服コーナーの奥に「梅田ナカイ楽器店」を見つけました。
そのウィンドウには、写真でしか見た事のない本場アメリカ製の
「マーチン」がずらりと並んでいました。
初めて見たD-28。横板のハカランダの何とも言えない濃いキャラメル色とその黒い縞模様は、
僕の脳細胞に深く刻まれて未だに消える事はありません。
表板とブリッジの黒檀の色の対比、ヘッドのマーチンロゴの金色の
わずかな盛り上がりとその上品なつや消し塗装との微妙な関係。
当時の自分には、弾く事が不可能と思われるほど高価なギターを、美術品を眺めるように
休みの度にウィンドウのガラスに額を引っ付けながら、穴があくほど見詰めていたのです。
美しい楽器からは、きっと夢見心地の良い音がするのだろう、と想像して
「大人になってギターが上手くなったらきっとマーチンを手にするんだ!!」
と強く思うようになっていました。
そんなある日、お店に来ていらしたギタリスト中川イサトさんと出会ったのです。
「マーチン狂いは、君か?」
イサトさんから直接聞くマーチンの話は、刺激的でした。まだ、「Martin Guitars A History」も
出版されていない頃だったので、楽器屋さんの話とわずかな音楽雑誌からの情報だけでしたので
「マーチン研究所」なるものを勝手に作っていた僕には、最高の出会いでした。。
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「海からの音」  このギターの横裏の材料は、あのハカランダです。

copyright Katsuhisa Toda

ハカランダの幼木(小島 雨粒19より)

ハカランダの花(大泉緑地の四季より)

柾目のハカランダの裏板
(戸田画伯のマーチンです)